3月2013

生物多様性冬のシンポジウム

24年12月22日(土)~23日(日)

生物多様性冬のシンポジウムに参加して

PM2:00 会場となる亀田町の實相寺(じっそうじ)に着く、もう今井さんが来ていた。渓流フォーラムからは、今井・杉山・富部の3名。

「新潟県内の水草(外来種を含む)の現状と課題」の研究者の発表と質疑応答があり大変興味深く楽しませてもらった。

外来生物法

聞き入る参加者

外来植物大繁殖

画面にくぎづけ

セミナー終了後、いろいろな自然保護団体の人達との懇親会に出席した。

親睦会の盛り上がり

こんな若い娘が?

メイン料理

手づくり感あふれる料理に舌鼓を打ちながら(杉山作のふき味噌は大好評)、いろいろなタイプの人達と意見をかわしこれからの活動にどう生かして行けるのか?なんて考えてる内に酔っぱらって訳が判らなくなって、やっと寝袋に入ったと思っててたら朝だった。朝6時頃から朝の御努め(会場はお寺)のお経が始まり終了後、元気な人だけで白鳥の観察会にいったきた。

朝食前の白鳥観察

朝飯は昨日の残り物を集めた雑炊を腹に押し込んだ。

くま親爺

里山研修

24年12月8日(土)

五十嵐管理値の枯れ松伐採~里山研修

朝から風が強く雨迄ふってきた。五十嵐管理地の枯松の伐採はできそうもない!。

9時頃までに伐採現場に小林義・清田・今井・杉山・富部の5名は集合していたが伐採は危険なので来年の春に延期した。

午後からの里山研修の予定を午前から始めてほしいと講師の藤田氏に電話、OKをもらい旧巻町福井の現場にむかった。現場は巻じょんのび館のすぐ近くで整備、里山再事業にはちようど良い広さの現場だった。

藤田氏のガイド

新間伐の方法

林床育成ゾーン

春植物ゾーン

実生育成地

山野草育成ゾーン

モニタリングゾーン

ビオトープ池

バタフライ食草育成地

完成まじかのあずまや

強風と小雨の中藤田氏のガイドで里山再生事業の見学した。一帯に覆い被さる竹の伐採から始まり枯れ木の撤去、整理された里山に日の光が差し込み、眠りから覚め活動しはじめた植物など、など、チョッピリではあるが里山再生の理念とそこに育つ植物の事ど、知識として自分の頭になんとか叩き込んだ。

くま親爺

越沢秋祭り~山野草植栽イベント[コメリ緑資金]

コメリ緑資金の会様よりの助成で城山花登山道造りがはじまった。

2012年10月20日(土)

秋晴れのさわやかな土曜日、11月4日(日)の山野草植栽のイベントの最終打合せのため齋藤総代宅へうかがった。参加者の人数の把握やイベントで出される食事の事などを齋藤総代がバッチリ準備を整えてくれているのを確認、安心しました。

その日は越沢地区の秋祭りで快晴の中、地域の人達が獅子舞や民謡流しを楽しんでいました。

バッチリ仮装の民謡流し

民謡流し-2

若いおかあさん達と多くの子供たちがみられ、これからの越沢地域の発展に期待できるように感じられました。

若いおかぁさん達

地域のおばちゃん

※地域の神様に1,000円の賽銭を上げてきました。

11月2日(金)

杉山・富部の二人で西山町まで山野草の苗を取りに行ってきた。また黒埼のコメリ店に越沢集落内に植える水仙の球根700ヶを受取りに行き苗の準備は完了した。

11月3日(土)

AM6:30杉山宅に市川・富部・杉山が集合し越沢に山野草の苗を運んだ正午過ぎ小林義・原・鈴木の3名が到着、越沢の総代さんも参加してイベントの準備をした。特に元気の良い原氏・鈴木氏には城山の頂上付近迄、二往復して苗を運び上げをお願いし頑張ってもい、その後地域の花壇作りの準備にも参加して貰った。

準備は大変 

前日荷揚げ

準備作業の面々 

これで4日の準備は整った。越沢公民館で一杯やり眠りについた。

11月4日(日)

チョット曇りのイベント日和
コメリ緑資金の会様よりの助成金で購入した山野草の苗は植えられるのを今か今かと待っている。

AM6;00ごろ起床、齋藤総代の奥様からのいなり寿司と小林貞氏の白米で朝食を美味しく頂き体調を整えて集合時間をまった。

AM8:00集落より30名、フォーラム関係から15名合計50名近くの人が集まり、齋藤幹雄総代の挨拶、伊比氏から山野草の植え方と注意などなどでイベント(コメリ緑の基金様から助成された、城山花の登山道作り)が始まった。

やるき満々の地域の人達 

花一杯おばちゃん隊 

総代さんの挨拶

御婦人、お年寄り、子供達は村内の道路脇に水仙やチューリップの球根、鎮守の森には山野草を植えた。

元気の良い人達はそれぞれの苗を持ち、城山(348メートル)の急な登山道向かった。

準備完了

荷揚げ

ピース

皆で植えましょう水仙を 

鎮守の森も花一杯に 

春が楽しみ 

春が楽しみ

春が楽しみ

大事に 

若い力 

若い力-2 

頑張ってるぜ最高齢

城山登山道から見る日本海

丈夫に育つよう願いを込め、丁寧にやさしく3時間以上かけて頂上まで植え登り(頂上付近は昔のお城があった事を示す空堀跡がかすかではあるが残っていた。)頂上で一休み記念撮影で作業を終了した。

頂上での記念撮影

作業終了下山、越沢公民館で葡萄川で取れた鮭を使った鮭汁と総代さんが丹誠込めたて作った新米のおにぎり、などをメインにビールで乾杯、参加者全員での慰労会を開き楽しく時間がすぎていった。

食事を用意してくれたご夫人

植栽後の懇親会 

親睦会-2

コメリ様から助成された「城山花登山道計画」事業は大成功でした。齋藤総代さんをはじめとする越沢集落皆さんやフーラムの関係者の皆さんご苦労様でした。これからもよろしくお願いいたします。

くま親爺

八十里越の調査に参加して

2012年9月15日(土)~16日(日)
八十里越の調査に参加して
三条市下田吉ヶ平~入叶津までの32・(8里)の峠越えの山道で1里が10里にも思える厳しいところから80里越とその名がついたと伝えられています。
明治・大正時代まで多くの人々の従来があり、会津からはゼンマイ・蚕種・生糸・伊北布、越後からは塩・魚の干物・三条の金物・櫛、かんざしなどの生活物資が盛んに交易されました。
大正時代に磐越西線が全通してからは次第に使われなくなり現在に至ります。
最近の集中豪雨など自然災害などで山道はかなり痛んでおり昔の面影を残す個所は少なくなっています。

9月15日晴れ
 
さぁ〜出発

熊の糞

AM6:00 集合、吉ヶ平に向かうが途中道路が陥没していて下田の遅場付近から歩きになる。出だしからのハプニングで調子が狂う。9月にしては暑い1日になりそうだ。AM8:40頃吉ヶ平着、さぁこれからと旧街道(八十里越)に気合いを入れ歩き始める。番屋山の裾野を通り(用水や田圃の跡がかすかにわかる)AM9:30 椿尾根着、

椿尾根

一服して番屋峠へここからが大変だ昨年の水害で沢が崩れ大きく迂回しなければ前に進まない1分で渡れる沢を30分かけて渡るのだ、ロープが必要な所が何カ所もある、

水害で崩れた道

これからの道程はほとんどがこの様子と覚悟をきめる。暑い、とにかく暑い、一泊の道具と着替えとザックは重い、水分の補給が大事だ、沢に冷たい水があるので心配なくガンガン飲めたので暑いわりには体力の消耗は少なかったようだ。

熊に折られた山クルミの木

番屋峠までもうチョット

AM12:30 番屋峠着、(長岡藩の河井継之助はこの峠で「八十里腰抜け武士の越す峠」と言う句を読んだと言われる)

番屋乗越(峠)

ここで昼飯、コンビニで買ったおにぎりと漬け物を流し込み遅れを取り戻そうと出発した。今迄は谷を右側に見ていたが峠を越えたので谷は左側だ。下田の山々や工事中の八十里(国道289号線)がはっきりと見え感動、火薬跡をすぎ少し下ると大ブナの原生林だ、いろんな意味でこのブナ林を皆に見てもらいたい。凛とした冷涼しい空気のなかに語りかけてくるようなブナ林の葉音、もう、最高!!!。

ブナ沢のブナの大木

岩魚釣りの憧れの沢、ブナ沢の源流部が近ずいてくる。支流を覗くと3~4・の岩魚の稚魚が群れている。あの水害の中、命をつなぐ岩魚の生命力、生物の生きる力に脱帽だ、この源流部の沢は禁漁にしていつまでも種沢として残して置きたいものである。
ブナ沢・高清水沢は水害のため深層崩壊し山一つが消滅しすっかり地形が変わってしまったそうだ。ブナ沢には大きな池が出現し、あたりは土砂や倒木がゴロゴロ、高清水沢は大きくえぐられ地形が変わり昔の面影は何一つ無い。山道は無くなっているので誰かが通った踏み跡と感でブナ沢・高清水沢を突破した。

高清水沢の深層崩壊

PM16:00頃空堀小屋跡、やっと鞍掛山の麓、今日のテント場、PM17;10頃に殿様清水(いつもはチョー冷たい水がこんこんと湧き出ている)に着いた、しかしこの場所も水害の影響で土砂が積もり荒れて水量も少なくなっていた。明るい内にと、寝床作りや焚火を起して下着を干したりとバタバタと宿泊の準備した。夕食と飲み会を始める頃には薄暗くなってきてヘッドランプをつけての食事、おにぎり・魚肉セージ・ラーメンをメインに持ち寄った缶詰や乾きものなど、そしてアルコール(ビールは重たいので酒と焼酎)、いい気分になる時間だ。

キャンプ

ふと、空を見上げると満天の星・星・星、飛行機が一機飛んで行く、今日の暑さも疲れも乾きもみん~な星空が吸い取ってくれている様だ。いい気分でPM20:00就寝。
16日AM4:30頃、周りが騒がしい「いびきがうるさい・寝不足だ・寝相が悪い」どうやら小生の事らしい。そんな事は無視して今日も山歩き日和、良く寝たので頭はスッキリ目はパッチリ内蔵はグイグイ筋肉モリモリさぁ~行くゾ~、菓子パンとインスタントラーメンで朝食をすませテント場を整理しAM6:40只見叶津に向け出発。道は相変わらず沢が崩れていて時間がかかる、

トリカブトの花

ブナハリタケ

鞍掛峠

AM8:00鞍掛峠着八十里越えで一番高い峠(951m)(戊辰戦争では長岡藩、山本帯刀隊100名が陣をかまえ、西軍と戦った。)鞍掛峠をすぎる破間川の源流部が右手に見える。AM8:50小松横手着、右に黒姫山(1367m)左に浅草岳(1586m)最高の景色だ、少し歩くと遠くに田代平が見えてくる。AM9:30田代平着、

田代平の湿地

入広瀬大白川に通じている五味沢林道を横切り木の根峠に向かう、途中山崩れと茅の大薮で道を迷い大きく時間のロスと体力の消耗が大きかった。

AM11:30木の根峠着、

木の根茶屋跡

新潟県と福島県との県境の峠であるPM12:40松ヶ崎着、会津只見の山々が美しい、

松ヶ崎からの只見の山々

下方に叶津川がキラキラと流れている。もう少しで迎えの○△さん達と逢えるはず、予定時間より相当遅れているガンバロウ。疲れた。途中やっと○△さん達と逢う事ができた、あまり遅いのでどうするか検討中だったの事、逢えて良かった。

やっとたどり着いた入叶津

PM15:20福島県入叶津到着予定より3時間強の遅れである。只見の関係者に挨拶し風呂と食事(冷やし中華と生ビール)、新潟へ。
楽しく感動が一杯の行程であったが、悪路と暑さに苦しめられた二日間だった。すぎてしまえば楽しい事ばかり、めでたしめでたし。

くま親爺

2012年秋の楽渓会

2012.9.8
午前0時頃杉山宅に市川・富部が集合し、荷物を積み直しエサと氷を本間釣具店で調達し山形県小国町方に向かった。面途中コンビニにより朝食と昼食を買い小国の道の駅で佐藤・清田組と合流し朝食を取りながら打合せ、白川ダム付近、広河原川・小屋川に向かった。
夜明け佐藤組は白川へ杉山組は広河原川、その頃小林組は小屋川に入っていた。杉山組3人は水の綺麗すぎる広河原川に竿をだした。2時間後期待は裏切られ魚影なし、アタリ無し、生物の気配はなかった。

ヨッー名人 

釣れそうで釣れないもどかしさ

次はと小屋川にむかった。すでにルアー釣り一組・最終部落付近にエサ釣一組、その他釣師らしい車が1車、絶望的な混雑である。奥へ、奥へと砂防堰堤を越えガタガタ道を奥へ、やっと人のいない入渓できる場所を見つけ入渓。なんとか今晩の塩焼き用の岩魚を確保した。渓を出て皆と連絡を取り、みんなで遅い昼食(蕎麦)をとり今日の宿泊場所小野川温泉・ししど屋旅館に向かった。

皆でハイポーズ

旅館はうなぎの寝床で細長く建物は古くギシギシと音をたて、エアコンは無いに等しいたのもしい旅館であったが楽渓会にピッタリ合うのではと思うのは小生だけか。
しかし、料理と風呂は最高。一泊8000円であれだけの料理が(山の物、海の物、すき焼き鍋、デザート、サービスの特製のなす漬け)そして源泉掛け流しのお風呂、チョー満足である。

値段の割には豪華な食事

疲れきってお親睦タイム

9日は起きてからみやげなど買い求めゆっくり朝食をとり皆で綱木川・大樽川などに向かい渓流を楽しんだ。全員釣果なしで新潟に向かった。
この会の目的「皆一緒に渓流を楽しむ」が出来たのでめでたし、めでたし。

くま親爺